立春のごあいさつ

旧暦では立春の期間が正月で、今年は2月4日が年明けでした。
ということで新しい春。おめでとうございます。

昨年、東洋医学の雑誌『漢方の臨床』1 からお声がけいただき、令和8年の「新年のことば」を書きました。節分の日のブログはやや辛気くさい内容となったため、拙文ですが紹介させていただき、新年のあいさつに代えさせていただきます。

新年のことば
「若者、馬鹿者、余所者」

みちとせクリニック院長 堀田広満
東京都港区南青山3-8-13

明けましておめでとうございます

伝統医学の革新には、地方創生と同様「若者、馬鹿者、余所者」が起爆剤になると思います。

森立之2 は12年の流浪後、41歳を過ぎて爆発的な仕事を成し、朱丹渓3 は40歳で医を志すも門前払いの羅氏にやっと44歳で師事し、伊能忠敬4 は56歳に開始した国土測量を72歳まで続けました。ほぼ寿命で新地開拓を始めた彼らは「若者」、ビジョンが常人と異なる「馬鹿者」に違いありません。安住する水は自ずと腐りますが他の人・場へ動く「余所者」はふて腐らないのでしょう。

研修医時代のボス、鳥越医師のモットーが「青春とは人生のある時期ではなく心の持ち方」でした。原典(サミュエル・ウルマン)は「霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ悲嘆の氷に閉ざされるとき、20歳だろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり、80歳であろうと人は青春の中にいる」と続きます。

「型をもたぬ者は型破りができぬ」と語る十八代、勘三郎5 は57歳で世を去るまで型破りを体現しました。存外マスター・ヨーダ6 は老荘7 よろしく「伝統と革新なんてマボロシ~」8 と腰をくねらせる気もしますが伝統という型、革新という型破りを体得する若者、馬鹿者、余所者を目指しますか。
今年もよろしくお願いします。

(補足)

1 『漢方の臨床』: 東亜医学協会が発行する月刊誌(創刊は1954年)。本誌は日本漢方医学会が発行した機関紙『漢方と漢薬』(1934年より1944年)を継承する雑誌で、大塚敬節、矢数道明、柳谷素霊ら昭和の東洋医学パイオニア達の精神が背景にある。

2 森立之(もりたつゆき、りっし、1807~85年): 1837年禄を失い、12年間家族とともに相模を放浪した。以後、医学館を拠点に古典医書の校勘業務や、研究・執筆に従事した。森立之の研究手法を高く評価した森鴎外は、彼の著作『渋江抽斎』等にそれを反映した。

3 朱丹渓(しゅ たんけい、1281~1358年): 元代の医者。名は震亨、丹渓は俗称。滋陰降火湯などの補陰剤を創り、治療を行った。金元四大家のひとり。

4 伊能忠敬(いのう ただたか、1745~1818年): 72歳まで日本全国を徒歩で測量し、73歳で死去。弟子が遺志を受け継ぎ『大日本沿海輿地全図』を完成、国土の正確な姿を明らかにした。医師ではない。

5 勘三郎(かんざぶろう、1955~2012年): 十八代目中村 勘三郎。歌舞伎役者、俳優。屋号は中村屋。「コクーン歌舞伎」やニューヨーク平成中村座『夏祭浪花鑑』(2004年)など、伝統を重んじつつも時代に合わせ革新的な舞台をくりひろげた。食道癌で惜しくも他界。

6 マスター・ヨーダ: 前述した東亜医学協会が主催した第35回漢方治療研究会(2025年、仙台)のセッションで出た Keywordである。『スターウォーズ』シリーズに登場する、あのクリーチャーを彷彿とさせる漢方マスター(師匠)の極みをあらわしているものと思われる。

7 老荘: 「道(タオ)」を重視した『老子』『荘子』の略称。人為的道徳や争いを否定し、自然のままに生きること、自己の執着を捨てて自由な精神を持つことなどが特徴。松岡正剛によれば『荘子』は「わっはっはっは。外物は必すべからず」(千夜千冊、726夜)。

8 マボロシ~:「どんだけ~」に変えても良い。人差し指を立てて横に振りましょう。