長文なので、結論を最初に。

漢方生薬の陳皮などシトラス系にふくまれるヘスペリジンおよびヘスペレチンは、新型コロナウイルスが細胞内に侵入・感染するために必要なスパイク蛋白を減らします。ただし、猿の腎臓由来の細胞レベルの実験結果(in vitro)でありヒト個体の治験(in vivo)ではないことが重要で、この実験のみで話を単純化させてはいけません。

新型コロナウイルスは、ウイルス自身に存在するスパイク蛋白をヒト細胞の蛋白、ACE2およびTMPRESS2に結合させ、それを足掛かりにヒト細胞内に侵入、感染が成立します。つまり新型コロナウイルスのスパイク蛋白、ヒトのACE2およびTMPRESS2、それぞれの蛋白量、結合の度合いによって感染のスピード、重症度も変化することが知られています。

ところで、新型コロナウイルスは糖尿病や高血圧など生活習慣病を合併している人が重症化しやすい、とご存知の方も多いでしょう。高血圧の人が重症化しやすいのも、このACE2の蛋白量が正常人よりも多いためではないか、と言われています。同様に喫煙者も肺などの気道粘膜細胞上でのACE2蛋白量が増えており、ノンスモーカーより新型コロナウイルスに感染しやすいとされます。

前回紹介した論文ですが、下記の実験もおこなっています。すなわち、ヒトのACE2に結合する新型コロナウイルスのスパイク蛋白をVeroE6という細胞に強制的に発現させ、生薬の陳皮などシトラス系にふくまれるヘスペリジンおよびヘスペレチンがそれぞれ、スパイク蛋白を減らすか否か、を検討した実験です。


(ちなみに、猿の腎臓由来のVeroE6細胞はSARSが流行した際にも研究に活用され、SARSコロナウイルスが安定して発現しやすい培養細胞のひとつ)

ヘスペリジンおよびヘスペレチンが新型コロナウイルスのスパイク蛋白を減らすのですが、その機序は2つあります。まず新型コロナウイルス中のスパイク蛋白とACE2受容体同士の結合を妨げること、さらにACE2およびTMPRESS2の蛋白発現の量を減らすことです。

新型コロナウイルスのスパイク蛋白は、もとのタイプ(Wild)から変化します。これがいわゆる「変異型」です。「ワクチンが前の型には有効であったが、今回のオミクロンなどの変異型には有効であるのか?」と議論されますが、具体的には「D614Gスパイク変異」「501Y.v2スパイク変異」など種々あります。この下の図にある “D614G” “501Y.v2” も変異型で反応に変化が起きないか、つまりヘスペリジン(HD)およびヘスペレチン(HT)の効き方に差がないか、を調べているんです。

Chen, Nutrients 2021年13巻8号

図の各A-Dは下記のとおり。
(A) レンチウイルスのスパイク蛋白
(B) 新型コロナウイルスのスパイク蛋白(Wild)
(C) 新型コロナウイルスのD614Gスパイク変異
(D) 新型コロナウイルスの501Y.v2スパイク変異

VeroE6細胞に2日間、ヘスペリジンもしくはヘスペレチンを反応させる。

その後、そのVeroE6細胞にウイルスの成分(A)(B)(C)(D)を1日間、反応させる。

さて縦軸は、VeroE6細胞へ各々がどれだけ結合するか(感染モデル)ですが、どう変化するか? (図の HDはヘスペリジン、HTはヘスペレチン、Control はHD・HTを入れない対照群)

(A) 新型コロナウイルスではないレンチウイルスの系は、ヘスペリジン(HD)、ヘスペレチン(HT)両者ともにスパイク蛋白が細胞内へ侵入するのを抑えられなかった。

一方、新型コロナウイルス感染症モデルである3系統は
(B) もとのスパイク蛋白(Wild)
(C) D614Gスパイク変異蛋白
(D) 501Y.v2スパイク変異蛋白

すべてヘスペリジン(HD)、ヘスペレチン(HT)両者ともにスパイク蛋白の細胞内への侵入を防いでいることが分かります(縦軸の減少の度合いが強いほど、治療効果の可能性あり)。

統計学的に意味のあることを「有意差」とあらわしますが、この図ではP値が少ないほど有意差が強く(一般的には0.05未満)、図では**が<0.01, ***が<0.001, ****が<0.0001と、かなり強い結果となっており興味深いです。

つまり、ヘスペリジンおよびヘスペレチンは、細胞内に新型コロナウイルスウイルスが侵入することを防ぐ可能性が高いのです。ただし冒頭に述べたように、この実験はヒト由来の実験系ではないことを再び強調します。「ヘスペリジンもしくはヘスペレチンをふくむシトラス系(たとえば生薬の陳皮など)がヒトの新型コロナウイルス感染症に必ず効く」などと短絡的な思考をしてはいけない。それは単純系の科学ではない、ということです。

【以上、転載禁止】

2022年2月10日

文責 みちとせクリニック院長

堀田広満