Q 「そもそも漢方って…なんですか?」
A 「生薬のすべてが漢方、と思いますよね。ふつう。でも、生薬を使っていれば漢方、ってことにはならないんです」

生薬を用いた診療のすべてが漢方とは言えないし、中国で使われている処方が漢方ではない、のです。あくまでも、その処方を日本人が受容したかが、肝です。それらの処方群でさえ、日本の歴史の中で淘汰されたものもあり、歴史の深さが重要です。簡単にいうと、日本の歴史というフィルターを通して、日本人に受け入れられ続けてきた医療体系が「漢方」です。なので、本来は針灸も漢方です。

江戸時代、オランダ医学(蘭方)というカウンターカルチャーが日本に入るまでは、比較する必要もないほど当たり前に存在していた漢方でしたが、比較対象が生じたため当時「漢の時代を中心とした、大陸由来の処方や針灸など伝統医学のこと」を「漢方」と呼ぶことにされました。その体系は中国大陸で、漢の時代にだいたい形成されました。「だいたい」と言うのも、漢以前にも伝統医学の体系を培養する土壌があったからです。

16世紀には南蛮医学が、17世紀にはオランダ医学(蘭方)が伝わったが、それでも19世紀半ばの明治維新まで、日本の医学文化は基本を中国に負う伝統医学が中心であった。この医学体系を日本人は蘭方に対して漢方と呼んだ」(小曽戸 洋『中国医学古典と日本』より)

さて、漢の時代につくられた医療哲学、処方体系が、その後の時代に大陸でそのまま継承されたか、というと厳密には違います。それは漢という国が滅ぼされた後に、宋、金、元、明など大きな国が形成される度に、その国家を形成する民族(漢民族、モンゴル族、および現在の満州族につらなる女真族など)の風習文化、考え方の違いによって、処方や施術方法に幅、バリエーションが生まれた、ということです。

ただし現在の日本では、江戸末期から明治初期までに受け入れられてきた、大陸からの処方群をまとめて「漢方」と呼ぶことが一般的です。国家中枢の違いを考えれば、「漢方」以外に「金方」とか「元方」とか別処方群の呼び名があっても良いのですが、十把一絡げ(ジュッパヒトカラゲ)に漢方と呼びます。

上流にさかのぼるなら漢の時代。
では下って、近代はどこまで漢方と呼べるのでしょう?

わたし個人は、後の大正天皇を救命するなど明治初期まで活躍した浅田宗伯(1815 – 1894年)がのこした著作群までが原則最後、と捉えています(後述しますが、七物降下湯など例外はあります)。

明治、大正時代は国策により、わが国の漢方医が激減、ほぼ枯渇しました。昭和に入り、少数精鋭の先人たちにより復興の息吹があり、第二次世界大戦の後、ふたたび漢方、針灸が花開くこととなります。

ちなみに現在「中医学」と呼称される医学は、昭和の伝統医学復興につづき、1966年からはじまった文化大革命の、つまり中華人民共和国で再編した新しい伝統医学、と私は考えています。日本で漢方の粉薬、いわゆるエキス剤による「保険漢方」が一般に普及し始めたのが1970年代なので、日本国内で医療保険の適応がある漢方処方の一覧に、中医学の新しい処方(たとえば冠心Ⅱ号方1、など)が、まったく入らないのも理解できるでしょう。

例外はあります。
七物降下湯2は、地黄3、当帰4、芍薬5、川芎6という「四」生薬から構成される四物湯7に「三」つの生薬、釣藤鈎8、黄耆9、黄柏10を加えた計7つの生薬で「七物」なのですが、昭和に大塚敬節(1900 – 1980年)が創った処方です。元となる四物湯は『太平恵民和剤局方11』を原典とし、創成から917年以上(2024年時点)を経ています。四物湯のバランスを崩さない程度の生薬を加えており、長い歴史に淘汰されなかった四物湯の派生である七物降下湯は、日本人の体質に合った処方のひとつ、と考えられます。

ちなみに、この七物降下湯に杜仲12を加えると八物降下湯13。さらに2生薬、山梔子14、黄連15を加えると十物降下湯16、になります。これら四物湯ベースの薬を創ったのは、それぞれ私が8年間奉職した北里大学東洋医学総合研究所(現在、北里大学北里研究所病院 漢方鍼灸治療センター)の3人の所長です(七物降下湯は初代 大塚敬節、八物降下湯は二代目 矢数道明、十物降下湯は三代目 大塚恭男)。

歴史に淘汰されなかった処方群、日本人の体質に合った処方群のうちの極一部が 保険漢方に入った。一方、歴史に淘汰されていない中医学の新しい処方群が 保険漢方に入っていない(文化大革命が終了したのが1976年とされ現在、まだ50年も経ていない)。結局「いま、ここ」にあるものは過去、歴史とつながっている、ってことですね。

ドイツのヴァイツゼッカー元大統領の名言に「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」とあります。文脈は異なりますが、歴史を知らないと、目の前に起きていることに正しい判断、決断ができないし、正しい処方が得られない。なので、漢方の歴史にまったく興味がない医者が出す漢方処方は、すこし気をつけた方が better かもしれません。

笑い話ですが、日本東洋医学会の専門医試験を受けるべく、あるドクターが提出した症例レポートに「原典(ある処方が史上、最初に書かれた医学書)は『本朝経験』」と記載があったそうな。笑い話は解説してしまうと面白味がなくなりますが、無粋ながら。本朝経験とは「日本における経験に基づく処方」の意味で、書名ではないのです。なんちゃって漢方医が、ちゃんと合格できたかは不明です。信じるか信じないかは…あなた次第。

ちなみに本朝経験方には、柴朴湯17(小柴胡湯18と半夏厚朴湯19を合わせた処方)などがあります。
専門医試験には口頭試問があるのですが、意地悪なひっかけ問題を出してもおもしろいかもしれません。

試験官「では、柴朴湯の原典はなんですか?」
受験者「『本朝経験』という書物です」
試験官「ふっふっふっ、オヌシひっかかったな。では、小柴胡湯と半夏厚朴湯の原典は?」
受験者「(かぶせぎみに)『本朝経験』です」
試験官「…」

「虫の目」ではなく「鳥の目」で俯瞰して観ると、生薬、ハーブをあつかっているから即、漢方ではないし、それらを処方しているから即、漢方医とは限らない、です。たとえ漢方を名乗るクリニック、薬局であっても、気をつけて受診もしくは相談された方が良い。私はそう思います。相手次第です。本当の広告は、ネットではなく地声を通しての口コミ。

さきに述べた大塚恭男先生は、北里の職員らに十物降下湯と呼ばれ処方が独り歩きするのを嫌い「十物降下湯ではなく、温清飲加釣藤・黄耆20と呼んでほしい」と頼んだそうです。温清飲という処方に釣藤(鈎)、黄耆を加えた生薬内容は十物降下湯と全く同じなのですが、恭男先生ご自身はグイグイ我先に目立とうとされなかった御仁のようで、孫弟子に当たる私も間接的によい教えをいただいたと勝手に感じています。新しいものが良いとは限らない

守破離」の「破」はカッコよいが「守」があってのことだから。「守」のない「破」は仇花です。本来は「孤高」になれるはずの「離」も、「守」がなければただの「孤立」になりかねないデス。型破りのつもりが、形無し。守るべき伝統を学ばぬ者が破ったつもりになるものは、「自己満足、自己憐憫」と記された腕押しの暖簾なのかもしれません。自戒、自戒。

さて日本と異なり、現在の中国は国家をあげて伝統医学に本当に力を注いでいます。現在の中華人民共和国のリーダー達は漢民族が多く、おおもとの漢方、つまり「漢民族による漢方よ、いまいちど」という国民発揚の意識付けもあるかもしれません。Global だけではなく Local の重要性に気づいているのでしょう。世界は伝統医学に舵を切り始めていますが、日本は出遅れています。

【以上、転載禁止】

みちとせクリニック院長

堀田広満

(補足)

1 冠心Ⅱ号方 かんしんにごうほう:保険診療に収載なし

2 七物降下湯 しちもつこうかとう

3 地黄 じおう

4 当帰 とうき

5 芍薬 しゃくやく

6 川芎 せんきゅう

7 四物湯 しもつとう:創成は北宋より前の時代へ、遡れる可能性がある。原典は現段階で太平恵民和剤局方。

8 釣藤鈎 ちょうとうこう

9 黄耆 おうぎ

10 黄柏 おうばく

11 太平恵民和剤局方 たいへいけいみんわざいきょくほう:大観年間(1107‐1110年)に陳師文、陳承、裴宗元らが編纂。

12 杜仲 とちゅう

13 八物降下湯 はちもつこうかとう:保険診療に収載なし

14 山梔子 さんしし

15 黄連 おうれん

16 十物降下湯 じゅうもつこうかとう:保険診療に収載なし

17 柴朴湯 さいぼくとう

18 小柴胡湯 しょうさいことう

19 半夏厚朴湯 はんげこうぼくとう

20 温清飲加釣藤・黄耆 うんせいいんかちょうとうおうぎ:温清飲は保険収載あり

当院の院長、堀田が記事を書いています。わたしに多大な影響を与えた坂本龍一「教授」が他界されて1ヶ月強、教授の音楽を聴いてきました。自分なりに追悼したくPCに向かっています。

私の母方ルーツが、2人の国会議員を出した高知県瓶岩村(現、南国市)の坂本家(坂本素魯哉坂本志魯雄)であり、「将来、高知県の山奥、できれば海の見えるところに住みたい」と語っていた母方同姓の教授にシンパシーを感じます。

私が高校2年の1986年5月12日。鈴木くんと行った坂本龍一コンサート “Media Bahn Live“ に感動したふたりは帰り道に「よし! 文化祭でYMOのコピーバンドをやろう!」と意気投合しました。同秋、同級生3人でステージに立ったのは以前、高橋幸宏さん追悼記事で書いたとおりです。その後、医学部入学の際、自己紹介で「坂本龍一、新人では高野寛がよろし」と音楽鑑賞の趣味を同級生へ明かしたのでした(みちとせクリニックInstagram (2021年12月21日)参照)。

ピアノとKeyboard, PC の Key を用い、繊細な指先で magic の鍵穴を開けてきた坂本龍一教授。その姿は primitive(原初的、根源的)なルーツ(根)を求める求道者のようでもありました。教授の東洋、西洋に対する哲学は、骨髄移植など血液・悪性腫瘍を専門としながらも2000年に日本東洋医学会に入会した私の考えと似ている、と個人的に感じてきました。

デジタルとアナログ。
指先(digit)を動かすデジタル(digital)な作業。

でも、やってることはアナログ。

上記内容は、2010年4月17日、新宿の紀伊國屋サザンシアターで開かれた、小沼純一さんとの公開講座 “Commmons: schola 音楽の学校”で教授が話されたことです。この時、控えめにうなずいて反応していた私に「おっ! 分かってんじゃん(笑)」と、ニヤッと笑って私を教授が何度か見つめてくれたことは、記憶の宝物として sealed しています。

「血液はプレパラート、顕微鏡があれば、primitive な診断が可能です」。医学部5年のとき、臨床講義で柴田昭という内科教授が教えてくれました。時代は顕微鏡からさらに downwardへ(DNA、量子へ)向かいましたが、結局のところ「upwardへ(蛋白質へ)戻り始める」と2000年前後から言われ始めました。

ここで詳細は語りませんが、2002年に田中耕一さんが蛋白質の研究でノーベル化学賞を受賞した際、東洋医学が必要になることを確信しましたし、今もその気持ちは揺らぎません。Back to the roots. 金のかかる医療に耐えられるほど、この地球に余力はありません。根源、根っこ(生薬、蛋白)に戻っていきます。

さて唐突ですが、教授は白居易(あだなが楽天、通称は白楽天)のような方だったと私は思います。アカデミックでありつつ、民衆を愚弄する体制から距離をおいた結果、左遷されたけれども有能ゆえに結局、権力をもった人。白楽天に「右寄りなのか? 左寄りなのか?」と問うても「さあて…どっちでもないな」と答える気がします。

2022年11月25日の日本経済新聞の記事「とことん自分を愛す」で、白楽天を「71歳まで勤め続けた超高齢官僚」と評していましたが、おなじ71歳で他界した教授もアルバム『12』、ある学校の校歌作曲、病床からの東北ユースオーケストラへ向けた応援コメントなど、癌の末期でも精力的な方でした。RadioSakamoto最終回(2023年3月5日)での盟友、高橋幸宏さんへ向けた教授コメントも、死を前にした人とは思えないユーモアに満ちたものでした。

この期間、ずっとジョギングを続けているような倦怠感(悪液質)があったはずです。そんな中、昨年末のオンラインコンサートで聴衆に向けて教授が笑顔で語った “Let’s enjoy!” は、今でもスゴイなぁと感嘆します。

教授は自由な方でした。白楽天と同様、自然を愛で、楽器を奏し詠い、女性を愛し、最後は水墨画のような世界観をつくっていきました。先に述べたオンラインコンサートはモノクロ画面でした。またアルバム『12』も禅的でした。最後のアルバムを「一筆書き」と酷評する人もいますが、陰陽の世界が分からないんだろうなぁ。もったいない。

独り善し(独善)を大切にした白楽天。
独立、自由を追い求めた教授。

それは「我がまま」ではなく「他助」「公助」をふくめた自由。彼の所属した YMO(Yellow Magic Orchestra)の曲「以心電信」に “You’ve got to help yourself” の歌詞の後、”Then you’ll help someone else”と続きますが、先ず自分が自分自身を愛し受け入れていなければ他人を愛するなんて無理だよね、という自助あっての他助。

聖書の中にも「自分を愛するように隣人を愛しなさい」とありますが、教授はそれができた人だと思います。教授にキリスト教の信仰は無かったはずですが、彼がピアノを学ぶきっかけを作った世田谷幼児生活団の設立者、もと子はクリスチャンでした。彼女のつくった自由学園。その特集本に教授は「すべてはここから始まった!」とも著しています。『音楽は自由にする』という、教授の著書もあります。

また教授の父方の祖先が隠れキリシタン(※)で、ノブレス・オブリージュなど西洋的な思想を、あっさり自分のものにしているのも幼児期からの教育ゆえ、と思います(ノブレス・オブリージュが重要である旨、教授自身が肉声で語った過去放送が、2023年5月5日の追悼番組、ラジオJ-WAVEの9時間放送で再紹介されました)。

(※)坂本龍一「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」第6回(『新潮』2022年12月号)

自由を求めた人。
情念ではなく情感を求めた人。

教授がつくった”Energy Flow” が流行した頃、メディアがもてはやした「癒し」「癒される」という言葉を嫌った人でもありました。たぶん依存、共依存を徹底的に排除してきた人生だったから、でしょう。それは嫌いな作曲家としてドヴォルザークなど具体的な名前を列挙し、ロマンティックな世界観を遠ざけたこととも通底しています。きっと。

とはいえ、実はとてもロマンティックな人。おちゃめな人。それを隠すためふざけちゃう人。少年のように。

ソロでは見せませんが、別の人とコラボすると「…しょうがないなぁ(笑)」とか笑いをこらえながら、ふざけたりロマン情緒を醸し出した教授。演じている振りをしつつ。自分はそう思います。

“Energy Flow”をカバーした「エナジー風呂」。

おもちゃピアノで遊んでいる教授。アホアホマンとかも、最高です。白楽天、老子荘子(胡蝶の夢、の人ですね)の世界観。

一方、ロマンの究極は、こんな曲に表れていると思います。
“A Flower Is Not A Flower”

この曲は、二胡奏者の Kenny Wen が教授に依頼して作られました。その際、イメージとして白楽天の漢詩「花非花」を教授に伝えたそうです。

花非花 霧非霧
夜半来 天明去
来如春夢幾多時
去似朝雲無覓処

花にして花にあらず
霧にして霧にあらず
夜半に来たりて 天明に去る
来たること春夢のごとく 幾多の時ぞ
去ること朝雲に似て もとむる処なし

(いんちょう超意訳)
わけありの恋人が、人目をはばかり夜にやってきて、やっと会えた。が、朝日が昇る前には目の前から消えていく。あの花は、あの霧は、どこへ消えてしまったのか? 春の夢のようにわたしの腕の中にあった芳しい香り、幽玄な色、ぬくもり。パルファム、ミストのように消えてしまうのか。何度でも。ああ、消えてしまった。引き留めたいのに、止められない。朝の雲のように流れ去っていくのを。

大貫妙子さんがつけた詞がシンプルで流石です。

夜露に濡れ その葉をたたむ
幼い頃の 姿で眠る
花は目覚め 月を仰ぐ
名はネムノキ 夏の夜の
(後略)

以前から大貫妙子さんの曲「新しいシャツ」を聴くと、なんともいえない切なさを感じてきましたが、前述の「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」連載を読むまで、その曲が生まれた背景を知りませんでした。あえて詳細は書きませんが、上述の花非花、をなぞっています。大貫妙子・坂本龍一のアルバム『UTAU』中、”FLOWER” と名前を変えた同曲を大貫さんが歌っています。

教授は女性にモテました(YMO時代の本 “OMIYAGE” にも明治神宮で若い女性たちに追われる教授の姿が、写真に残っています)。不思議なのは教授と別れた女性たちが、その後も教授と良い関係を続けているケースが多いことです。

斎藤孝さんの著書『最強の世渡り指南書』中、井原西鶴『好色一代男』のモテ男について触れられていますが、なぜモテたか。別れた後も、その女性がずっと幸せであるように願い行動したから。そんなことが書いてありました。約10年前、読んだ本なのでうろ覚えですが。

エロス、フィレオー、アガペー。
愛にはいろんな形がありますが、フィレオー(兄弟愛、親類愛)に近い持続する愛をもっていた方だと思います。教授。

「だから」の愛ではない。「だけど」の愛。
「だけど」愛された教授。
「だけど」愛した教授。

依存、共依存と距離をとる教授が嫌いな最近の言葉は、これらだったと思います。たぶん。

「泣ける」「涙で前が見えない」

人前では簡単に泣かない人だし、泣かせない人だったと思います。

前述の「新しいシャツ」の歌詞にも、それがうかがえる気がします。

さよならの時に穏やかでいられる
そんな私が嫌い
涙も 見せない
嘘つきな 芝居をして

すでに旅立ってしまった教授とのお別れに、私も「穏やかでいられる」はずもないのですが、こればかりは仕様がありません。そろそろお別れの文を書きます。

教授が音楽を担当した映画 “THE SHELTERING SKY” 中、こんなセリフがあります。
「touristは元の場所へ戻れるけど、travelerは戻らない」

人生は旅。
Tour ではなく Travel

この世の人生では、観光を嫌ったことで有名な教授。死に直面しても travel を貫いた気がします。やや前のめり気味に。

「天に上るような仕事をしてほしいから『龍一』と名付けた」と父の坂本一亀さんが生前、語っていたそうです。名は体を表す、と言いますが本当にそう。その名前のせいなのか、お父さんも亀さんのせいか、五行でいえば、教授は「水」の人だったと私は感じています。しかも水滴ではなく「大海」。

花非花には「霧」とありますが、愛する娘の美雨さんをおもい作った “AQUA” も水。アルバム『Out of noise』には、厳寒地の氷山にてサンプリングされた曲もあります。映画『CODA』では雨の中、バケツを頭にかぶった教授が雨音を愉しむ姿が映っています。氷、水、霧。変幻自在なWorld citizen(世界市民). 

2017年のアルバム『async』には、映画『惑星ソラリス』を思わせる “solari”という曲がありますが、古城が水に取り囲まれながら徐々に崩れていく様をイメージしました。そもそも、この映画は水の音が多く流れてきます。

大きな龍のように立ちそびえた教授が、人体という器には収まりきらず、徐々に病に浸食されていくようで同曲を聞き返すのがつらかったのですが、大傑作、歴史に残る名作です。音楽室の巨匠たちの写真群に、教授の写真も並ぶことでしょう。いや、教授がそれを望まないか…

先月、出たばかりの村上春樹さんの新作『街とその不確かな壁』には、こんな文章があります。

「夢はきみにとっては、現実世界で実際に起こる事象と同じレベルにあり、簡単に忘れられたり消えてなくなったりするものではなかった。夢は多くのことを伝えてくれる、貴重な心の水源のようなものだった」

読後、私は「きみ」に教授を想いました。そして教授がみた夢は、簡単に忘れられたり消えてなくなったりするものではない。

“A Flower Is Not A Flower”

夢と現実、月と太陽、彼岸と此岸。

究極的には時間は溶けて「いま」しかない。

「でももうそこにはいなくなって

彼は花のように姿を現します

Coming up like a Flower」

YMO “Nice Age”

芸術は永遠

江戸期には日本も採用していた太陰暦を、イスラエルは今でも採用していますが現地では「月が昇ってきた。新しい日を迎えたね。だから休もう」と一日を寝ることから始めるそうです。起きるのではなく、眠る。

昨夜、こんなことを考えながら満月を観ていました。

「教授、こちらは、もうすぐ新しい日を迎えそうです。だから休みますね。教授もゆっくり休んでください。ではまた。ありがとう教授」

Ryuichi Sakamoto
Requiescat In Pace

#19860512

#坂本龍一

#RyuichiSakamoto

みちとせクリニック
堀田広満

「2023年に入れば安定供給されるようになるかな」と楽観してましたが、漢方の粉薬(エキス剤と呼ばれます)がまだまだ品薄のようです。原因は、漢方が新型コロナウイルス感染症の急性期および慢性期治療に必要とされているから、です。需要があるんですよ。新時代の漢方。

2021年には、全身倦怠感などの新型コロナウイルス感染症の後遺症に補中益気湯が効く、など騒がれ始めていましたが「知る人ぞ知る」ニュースでした。しかし昨年2022年8月には、ついに某社の漢方製剤群が安定供給できないほどとなり、28品目の漢方エキス剤が「生産調整」「限定出荷」となりました。

それがB社、C社…と飛び火したようで、日本国内で漢方エキス製剤をとりあつかう企業が影響を受けています。A社はまだ23品目を出荷できていない(5か月経過した昨年末時点)、とのこと。

さて…当クリニック、みちとせはどうか、というと、生薬そのものを煎じる自由診療なので影響はほぼありません。そもそも漢方のエキス製剤の主な需要は保険診療にあり、保険で十分効果が出るのであれば、それも結構なことです。ただし安定供給は大前提。

たとえてみれば、インスタントコーヒーの在庫がなくなって慌てたお客さんが店員さんに「今度いつ納入されるんですか?」と問い合わせたところで、「とにかく入ると得意先にすぐ売れて、まだ分からないんです!」と現場も状況を把握できていない、というところでしょう。

お客さん。インスタントコーヒーに限らず、コーヒー豆そのものを取り寄せてドリップコーヒーにすれば良いだけの話、かもしれませんぜ。即席では提供できない、アロマの芳醇な香り、濃厚な風味があなたを満たします。

私が危惧しているのは、新型コロナウイルスなど一過性のことではなく、今後かならず起きてくる漢方エキス製剤の価格破壊。インスタントコーヒーにたとえたエキス製剤は、現状の保険診療のままだと(保険の薬価改定などで)値崩れを起こしてきます。中国など他国でも生薬の価値が上がってきており、原価は上昇。一方の保険診療下での売値は、値下がり。となれば、どこかで逆ザヤになってきます。売れば売るだけ企業の赤字に。対策としては生薬の質を落とす、生産農家の人件費を減らす…あまり考えたくないですね。

「保険診療から漢方がなくなるはずが無い」と楽観視する人も多いですが、団塊の世代が団塊でなくなる時代の少し前に、保険診療からの漢方はずしが起きるのでは?と私は考えています。それが私が自由診療に舵をきった理由のひとつです。いや、もっとポジティブに、いにしえから伝わる元々の漢方をお出ししたい、だけなのですが。

いま起きている漢方エキス不足、その混乱は、これからちょっと先の時代の予行演習かもしれません。
あなたもどうですか? ドリップコーヒー。良質な豆をとりそろえるように、適正な生薬が入ってきているか、目を光らせつつ日々、生薬を患者さんにご提供しています。

違いの分かる人には分かる、煎じ生薬。自信をもってお勧めします。

【以上、転載禁止】

2023年1月12日

みちとせクリニック院長

堀田広満

「陳皮-2」の記事を書く前に、新型コロナ感染症に関しての良書『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』(峰 宗太郎・山中 浩之 著)を紹介します。

TVで峰医師をみた方も多いのではないでしょうか。本当に現場に必要とされる医師はテレビに出演する時間もない場合が多く、TVに出ている時点で「嘘なんじゃね? 大丈夫?」と斜に構えてコメントを聞くべきこともあります。が、この本はバランスがとれていて首肯できます。対談相手の山中さん(以下Y)が医療者ではないのが功を奏しており、一般の方には理解しやすいと思います。

(以下、引用始)

 ご自身が、本を閉じてからまずやるべきことを考えてみてください。(中略)それは、「本は読んだけど、峰とYさんから聞いたことを、本当に丸呑みしていいの?という疑問を感じること」です。

Y お金を払ってお読みいただいたラストに、ものすごい結論が来ました。怒られないといいんですが…

 でもそういうことですよ。これで、峰が、あるいはYさんが言うことはみんな正しい、なんて思うなら、おそらく別の本を読んだらまたひっくり返る、出てきた情報に飛びついて振り回される、そういう可能性があるってことでしょう。峰が正しいか、別のなんとか先生が正しいか、などということは、はっきり言えばどうでもいいんです。

(引用終)

終始こんな感じ(笑)。オミクロン型が出現する前の出版(初版2020年12月)ですが、オミクロンなど潜伏期間の短い型が出現した現在でも、科学の正しい捉え方、集団へのPCR検査の意味(特異度、感度)など総論はためになります。

この本で挙げられた「呼吸器感染症の予防法リスト」。これからも重要です。

  1. 栄養と睡眠をしっかりとる
  2. 手指衛生(手洗い)の徹底
  3. 咳エチケット
  4. 3密を避ける
  5. 体調不良者と接触しない、体調不良なら外出しない
  6. マスクの着用
  7. 十分な換気
  8. うがいについては水で十分

「当たり前の【よく食べ】【よく眠る】が感染症対策のゴールデンルール」と1章のまとめに書かれています。上記の予防法リストにも「ワクチン」と書かれていないのがポイントです。ワクチンより先にやるべきことがある、という点は今も変わりがありません(この点、実は2019年まで大流行していたインフルエンザもまったく同様)。「栄養と睡眠」は養生であり、「栄養」は生薬、「睡眠」は針灸をふくめた自律神経系の調節ともかかわりが深いです。

ところで東洋医学にたずさわる方の中に、トンデモ本を出す人がいるのは本当に残念です。恥ずかしい。私は常に西洋医学のフィルターをとおして、東洋医学をみつめる習慣をつけています。その上で、目の前の患者さんにとって西洋医学の方が better と判断すれば、東洋医学ではなく西洋医学が良い旨、つたえています。

2022年1月31日

文責 みちとせクリニック院長

堀田広満