古くて「新しい」生薬の海馬 / 健康食品のタツノオトシゴ
タツノオトシゴって健康と関係あるの?
はじめに
ご存知でしょうか?タツノオトシゴ。

頭部が馬のかたちに似ているので「海馬」英語でSea-horseと呼ばれます。
脳の海馬hippocampusはタツノオトシゴと似た形状のため、同じ名称となりました。hipposはギリシャ語で馬、campusはギリシャ語でkampos「海の怪獣」です。
また体全体が龍を想像させるため別称は「海竜」です。竜はタツとも読みます。なのでタツノオトシゴ = 竜の落とし子。
タイムボカンシリーズ、ハクション大魔王を生んだタツノコプロのシンボルマークと伝えたほうが「あぁ!」と分かるかも。分かる人は昭和世代かな(笑)懐かしいですよね、ドロンジョ、アクビちゃん。ちなみにタツノコプロは創業者の名前に竜がはいることと、龍は縁起が良いためタツノオトシゴをシンボルとしたそうです。なるほど。
さて先日、株式会社ウチダ和漢薬さんの研修会で講師をさせていただきました。タツノオトシゴをふくむ健康食品です。一方でタツノオトシゴを生薬として用いられるときは海馬と呼びます。
以下、本記事の作文に株式会社ウチダ和漢薬さんの関与はなく、文責はみちとせクリニック院長堀田にあります。またタツノオトシゴを古典記載とおなじ表記の海馬で統一します。また海馬と表記していても、健康食品のタツノオトシゴに海馬とおなじ薬の作用があることを意味しません。
新しい生薬の海馬
古典に海馬はどう書かれているのか
医学関連では、唐代8世紀前半に陳蔵器が著わした『本草拾遺』が、海馬の初出といわれます。残念ながらこれは佚書(いつしょ)、地上に現存しない書物です。明代16世紀に書かれた『本草綱目』巻44の海馬の項には「(本草)拾遺」「(陳)蔵器いわく」とあります。下に示します。ちなみに海馬は魚です。

「1,300年近く前には用いられていた海馬でしょ?…新しいの?」
新しいんです。『傷寒論』や『小品方』など、『本草拾遺』より更に何百年も前にさかのぼることができる医書があるんですから。
もうひとつ新しいことがあります。それは海馬がメジャーではなく「古くて新しい」生薬であることです。日本東洋医学会の専門医でも、海馬を用いるドクターはほぼいないでしょう。
『本草綱目』など海馬の記載内容
前述の『本草綱目』には海馬の適応症がいくつか示されています。下記のとおりです。
- 産科関連:「婦人難産」「もって産患に備う」など。ただし妊娠37週未満、陣痛発来前は不向き!
- 性行為 :「陽虚房中」は房中、主に男性側の性機能不全のこと。ただし女性の性欲も男性ホルモンが関与しており、広くは女性もふくむ。
- 炎 症 :「血気痛」など
- 腫瘍関連:「瘕塊(かこん)を消す」「疔瘡腫毒(ていそうしゅどく)を治す」など
海馬の記載は『本草綱目』以降の医書に少なく、近代では『成方制剤』に「妊娠中には使うな」と書かれています。ほか『北京市中薬成方選集』に「忌色欲及刺激性食物」とあります。すなわち性欲の強い者や強いスパイスとは相性が悪い、ということです。
海馬の研究データ
それでは古典に記載のある適応症を、裏打ちする現代の研究はないのでしょうか。いくつかあります。
A. 海馬由来のペプチドSHP2とは
B. 海馬SHP2がもつ光老化に対する効果(抗酸化作用)
C. 海馬SHP2がもつ血圧に対する効果(降圧作用)
D. 海馬が男性不妊を改善する可能性:精子の濃度・運動性および生存率を改善する
E. その他の海馬に関する研究
A. 海馬由来のペプチドSHP2とは
海馬の論文、いろいろ読みました。その中で興味深かった海馬由来のペプチド、SHP2を主に紹介します。SHP2の作用は少なくとも2つあります。
①光老化を防御:海馬SHP2は皮膚の老化を減らします。
②降圧作用 :海馬SHP2は血圧を下げる作用をもちます。作用機序はACE(angiotensin-Ⅰ converting enzyme)(※)阻害です。
(※)血圧上昇に関与。ACE阻害剤レニ●ース、カプト●リルなどは、ACEをブロックすることで血圧を下げる。
SHP2は9個のアミノ酸でできている ー ペプチドとは?

まずはSHP2の構成から伝えます。2019年の発表論文で「海馬はSHP2というペプチドをもつ」ことが分かりました(Eur Food Res Technol. 245巻479頁)。ペプチドは近年注目を集めている蛋白質の分解物で、少量のアミノ酸で構成されます。ペプチドは発酵で多く産生されますが、不安定で繊細なため近年まで研究に不向きでした。
海馬SHP2は上図に記載する9個のアミノ酸(※)で生成されます。ペプチドと蛋白質の違いはアミノ酸の数量にあります。一般的にはペプチドにふくまれるアミノ酸が50未満ですが、蛋白質は50以上で多いと数千になります。
(※)DNA塩基配列3つの組み合わせで、20種類のアミノ酸ができます。
SHP2は9つのアミノ酸をIGTGIPGIWと配列します。すなわち3つのイソロイシン(I)、3つのグリシン(G)、トレオニン(T)とプロリン(P)とトリプトファン(W)1つずつ、9つのアミノ酸を保有します。
海馬SHP2の活性部位がプロリン(P)とトリプトファン(W)にあることも判明しています。活性部位は作用をおこすスイッチのようなもの、です。この部位に別の蛋白質がドッキングすることで、ペプチドや蛋白質に構造的な変化がおきます。それが情報を先に進めるか否か、スイッチのON・OFFを決めます。
活性部位とは - エピゲノミクス
前回、話題にしたエピゲノミクスも先程の活性の有無と似た話になります。細かい話をするとSHP2の場合、プロリンかトリプトファンを物理的に壊すか、他物質に結合しないように隠す(fold)ことでスイッチがOFFになります。ゲノムの一次元構造の地図だけでは作用、反作用が分かりません。ヒトゲノム計画などゲノミクスの限界は平面的な地図を見ていたからです。
蛋白質は空間的に場をつくる三次構造、はたまた複数のポリペプチド鎖が集合してできる四次構造もあり、この複雑な構造、その後の物質間のやりとりが動物間の違いにつながっているはずです。これは、ホヤとヒトとのDNA配列の違いが約3割しかない矛盾を解決していくことでしょう。
B. 海馬SHP2がもつ光老化に対する効果
結核菌は紫外線で死滅するか? 紫外線は老化を誘発する
ところで結核菌はUVで死滅すると思いますか? 結核菌はUV照射たった2~3時間で死滅するのです。
UVはビタミンD合成に関与する等、有用な面があります。一方で白内障、皮膚癌をふくめた老化にUVは関与します。
老化はどうして起こるのでしょうか。DNAなど遺伝毒性、糖尿病による糖化など代謝障害、炎症、低酸素、いろいろな原因がありますが、UVによる細胞損傷をふくめた酸化も老化へ誘導します。過剰なUV被ばくは活性酸素という、正常細胞から電子を奪い取るフリーラジカルを生み出します。それが分子レベルの不安定さで皮膚角質など細胞、組織、個体にダメージを与えるわけです。
海馬の抗酸化作用に着目した論文
海馬が光老化に有効な抗酸化作用をもつことを明かした、2024年の論文 Anti-Photoaging Effects of Antioxidant Peptide from Seahorse (Hippocampus abdominalis) in In Vivo and In Vitro Models. (Marine Drugs 22巻471頁)が面白かったです。
実験内容は、海馬がふくむペプチドSHP2が紫外線(以下UV)による光老化を防ぐか否か、です。材料としてヒト角質細胞の培養細胞と、ゼブラフィッシュを用いています。
さて論文名にあるVitro, Vivoは何でしょう?
Vitroは浮世絵『ビードロを吹く娘』にも用いられるポルトガル語ですが、ビー玉と同様ガラスを意味します。実験系だとフラスコ、シャーレなどですネ。一方Vivoは英語のVital「生きている」生身を意味します。vividは鮮やか、TV番組のVIVANTの意味もフランス語で「生き生きとした」ですネ。ラテン語のvivusが語源のようで、歴史は今につながるってことです。
パリピの「ヴァイブスぶち上げていこうぜー!」もvibrationのヴァイブ由来と思いきや、もしかしたらラテン語のvivus, vivo由来かも。ビーチボーイズの名曲 “Good Vibrations” が、生き生きとぶっ飛んでるのも名は体を表すのかもしれませんな…脱線から戻ります。
本論文では培養細胞はIn Vitro、ゼブラフィッシュはIn Vivoです。
SHP2はどれだけ光老化を抑えるか

培養したヒトの角質細胞にUVを照射した実験です。それによって活性酸素の量(図左)、正常細胞の残存割合(図右)がどう変化するか観ています。[Control]つまり対照はUV照射していないもの、[0]はUV照射しただけの群です。
[50] [100] [200]各群は、UV照射に加えSHP2を各濃度(μg/ml)であたえたものです。つまり[50] [100] [200]各群のみ海馬の関与があります。P値は通常0.05未満が再現性が高い、有意差がある良いデータと考えてください。
結果です。
活性酸素の量に関しては、UV照射群では光老化が起きダメージが増えるが、その原因である活性酸素を海馬SHP2が抑えました。
正常細胞の残存割合は、SHP2無しでは約半分まで減る一方、SHP2は用量依存性に増やします。つまり海馬SHP2により異常細胞が減るのですね。
前項で結核菌がUVで死滅すると書きましたが、この実験系も同じB波をあたえています。角質細胞も結核菌と同様にダメージがあるわけです。SHP2はヒト角質細胞のUVダメージを不完全ながら防御します。
皮膚コラーゲンを増やし蛋白分解酵素を減らすSHP2
この実験はヒト角質細胞でコラーゲン、蛋白質分解酵素を調べています。前項と同じ順で棒グラフがならびます。
「コラーゲン」とか言い始めると深夜、酩酊状態にちかく正常判断のできない人につい購入させちゃう化粧品のTVショッピングみたいですが。
MMPは蛋白質分解酵素の略称です。お肌の味方コラーゲンは増えて欲しい♡けど、MMPはお肌の敵。なのでMMPは減ってほしい♡わけです。
MMPは蛋白質をこわす作用があり、それを逆手にとって細菌の蛋白質をこわすMMPに着目した抗生剤、テトラサイクリン系があります。また関節リウマチの炎症の原因になるMMPをブロックする薬も有名です。

さて結果です。
まずコラーゲンはUV照射で半分まで減りました。SHP2を加えると用量依存性にコラーゲン量は回復しました。
次に5種類のMMPは用量依存性に減りました。つまりMMPによる角質細胞の蛋白分解を抑制する作用が、SHP2にあります。
海馬SHP2はどれだけ抗酸化作用をもつか
Nrf2など酸化を防ぐ蛋白質について
次はWestern-Blot(WB)という、より厳密なタンパク質量の実験です。下図の左方にある点線は各条件で電気泳動した各蛋白質を、バンドとして計測するものです。一番下にあるβ-actinはコントロール(対照)で、このβ-actinと各タンパク質の比率で、厳密な数字を割り出します。
実験者が着目したのは角質細胞がもつ抗酸化作用の蛋白質群です。図に示すHO-1やNrf2,SOD (Superoxide dismutase) は酸化を防ぐ役割です。Nrf2がマスター転写因子、ラスボスと考えてください。一方、Keap1はラスボスの抑制役です。
ブロッコリーはNrf-2、大豆、ゴマはSODをもつことが知られています。これらの食品の栄養をイメージすると、抗酸化物質が老化防止や皮膚の健康に良いことが理解できるでしょう。

棒グラフの見方は、前2枚のスライドと同じです。異なるのはP値が0.0001未満と有意差が極めて高く、強いデータです。
さて酸化(ここではUVダメージ)をブロックするHO-1やNrf2,SODがどうなったでしょう?
結果はいずれも海馬SHP2が、抗酸化作用をもつ各蛋白質を増やしました。しかもラスボスNrf2が特にUV照射で約80%受けたダメージが、SHP2の加味によって対照よりも数値が高くなっています。HO-1もその傾向があります。
紫外線を照射せず、正常細胞にSHP2を加えるとどうなるのか?
UV照射せずにSHP2をヒト角質細胞に加えるとどうなるかは、本論文に記載がないのですが非常に興味があります。もっと数値が高くなるかもしれません。つまり皮膚にとっては良い可能性が出てきます。ただし、これはin vitroのデータです。
補足ですが、ラスボスNrf2の抑制役Keap1の結果は、SHP2を加えると身を引くように減少します。つまりラスボスの作用増強に加担しています。
これらの結果をすぐには受け入れ難いかもしれません。しかし海馬は前述したブロッコリーや大豆、ゴマと同様、抗酸化物質をふくむのです。
ゼブラフィッシュ生体内でSHP2はどれだけ光老化を抑えるか
この実験で最後のスライド、生体内(In Vivo)ゼブラフィッシュの実験です。
ゼブラフィッシュはどんな魚?
ゼブラフィッシュをご存知でしょうか? 医者でも知らない人が多いかもしれません。2,000年頃から、発生学などの分野で急激に論文が増えた記憶が私にはあります。
なぜゼブラフィッシュがもてはやされているのでしょう。下記の利点があります。
- 透明な魚で、臓器や細胞を視覚的にとらえやすい
- アダルト(成魚)になるまでの期間が短いので、実験期間も短く済む
- 人間のDNAとゼブラフィッシュのDNAが似ている(相同性80%)(※)
(※)相同性:同じではなくても機能性が同じ。前述したアミノ酸で例えると
プロリンをつくるアミノ酸のDNA配列は4通り
CCU、CCC、CCA、CCGがあり同一ではないが相同
そして生体内でも海馬SHP2が光老化を抑えることが判った

棒グラフは、先ほどまでのシャーレ、培養系の実験と同様にみていただいて結構です。何を見ているかというと、指標はROS(活性酸素種)と細胞死、過酸化脂質でいずれもUV照射で増えます。
「ん?魚のこの色味は何?」ですが、青や緑などおのおの蛍光色素を、対応する各指標にマッピング、リンクしています。ですので魚の形が明瞭にみえるほうが、UV照射ダメージが強く、肉眼的にUV被ばくダメージが分かるということになります。
また各ゼブラフィッシュの下にある棒グラフは、それを数値化したものです。
結果です。ご覧のように、海馬SHP2を加味するとROS(活性酸素種)、過酸化脂質も用量依存に減少しました。また細胞死に関しては、200μg/mlのSHP2を加えると、UV照射していないコントロールよりも良いデータが出ました。
これは前項のWestern-Blotの結果同様、UV照射せずにSHP2をゼブラフィッシュに加えるとどうなるか、本論文には記載がありません。海馬SHP2により更に細胞死が減る、つまり老化防止に加担する可能性がありますが、推測の域を出ないのでご注意ください。
C. 海馬SHP2がもつ血圧に対する効果(降圧作用)
海馬SHP2は血圧を下げる作用もあります。論文名は Antioxidant and angiotensin-I converting enzyme inhibitory peptides from Hippocampus abdominalis. (Eur Food Res Technol. 245巻479頁)で、3Dの蛋白結合を述べた論文と同一です。
まず海馬の抽出物を、蛋白分子量の大小で分画化するためGel filtration chromatography(※1)を通します。その後RP-HPLC(※2)で活性の高い意味がありそうな分画を選びます。それをQ-TOF mass spectrometry(※3)で細かくアミノ酸の同定をすると結果、最終候補として9つのペプチドが残りました。
うち血圧を下げる作用をもつペプチドが海馬から3種類、分離されました(※4)。
1)ゲル濾過クロマトグラフィー
2)逆相高速液体クロマトグラフィー
3)四重極飛行時間型質量分析
4)IGTGIPGIW(= SHP2) と GIIGPSGSP と QIGFIW
右側のW(トリプトファン)、P(プロリン)に降圧作用の活性がある
この実験内容は医師でも理解が困難なはずです。医学研究が蛋白質よりDNAが中心だった時代の医師は特に。
田中耕一さんは蛋白質の大きな分子を壊さずにイオン化する手法を生み出し、2002年にノーベル化学賞を受けました。あの頃から蛋白質へ研究の主軸がシフトしたと私は感じます。(※3)もイオン化して蛋白質の細かい同定をおこないます。
D. 海馬が男性不妊を改善する可能性
海馬は精子の濃度・精子の運動性・精子の生存率を改善する
次に紹介するのは2003年の論文 The seahorse (Hippocampus comes L.) extract ameliorates sperm qualities, testosterone level, and serum biochemistry in rats induced by depo medroxyprogesterone acetate. (J Adv Vet Anim Res. 10巻1号126頁)です。海馬からの抽出物をラットに与え、精子機能を調べた実験です。
まず男性ホルモンのテストステロン生成を抑制する物質を筋肉注射し、男性ホルモンのテストステロン生成を抑制します。そのラットに、海馬からの水溶性抽出物を体重kgあたり 150mg, 225mg, 300mgを各々あたえ、精子の濃度、運動性、生存率を各群で調べています。
結果です。海馬投与群は精子濃度、運動性、生存率が高くなりました(いずれも有意差あり、運動性は増量毎に有意差あり)。一足飛びには言えないのですが、海馬は男性不妊の健康不全に寄与する可能性があります。
海馬が関与するテストステロン値増加
またテストステロン値の変化も観察し、体重kgあたり150mg群がコントロールとくらべ一番高くなる結果が出ました(有意差なし)。
テストステロンは精子の濃度や運動性、生存率と密接にかかわります。上記のように海馬は精子の濃度、運動性、生存率をいずれも改善しており、テストステロン値は実験系を変えれば、有意差が出るのではと考えられます。海馬が男性ホルモン作用をもつことは他論文、新薬と臨床 52(4)562 (2003)等にも記載があります。
ところで精子トラブルなど男性側が原因の不妊症は、ヒトの場合約25%あります。
テストステロンが減少すると不妊以外にも問題が生じます。勃起不全など男性機能低下、男性および女性の性欲低下、男性更年期などです。これらは海馬の古典にある「房中」と連関します。ヒトにおけるテストステロンと海馬の研究が進むと、不妊症や男性機能不全、男性更年期に海馬が用いられる可能性があります。
E. その他の海馬に関する研究
ほかに海馬の医学的研究で目についたものを羅列します。
- 海馬は抗アレルギー作用をもつ - 日本水産学会誌 79(4)683 (2013)
- 海馬から抗炎症作用をもつ Paeonol ペオノールを単離 - Toxicol In Vitro. 26(6)878 (2012)
- 海馬における満腹ホルモン、レプチンの各臓器・性差における分布差 - Biol Open. 5(10)1508 (2016)
肥満や糖尿病では満腹感を抑えるレプチンが有効に機能せず(レプチン耐性)、その結果、長寿に関連する遺伝子が発現しにくく短命になります。長寿遺伝子サーチュインを活性化させるレプチン。そのレプチンを海馬が豊富にもち、その分布が脳などに多くあることが10年前に判ったのでした。
古典では「海馬の良品は頭部を保有するもの」とあり「科学が解明する前に古典の経験値が勝ることはある」と感じています。ちなみにヒトと海馬のレプチンは相同性が高いことも証明されました。
ところでPaeonolは桂枝茯苓丸、加味逍遙散などがふくむ生薬、牡丹皮の成分として有名です。上記論文のごとく海の中にいる海馬からもPaeonolが抽出されました。これらの処方は抗炎症作用をもち、牡丹皮がそこに重要な役割を演じます。
海馬が抗炎症作用、抗アレルギー作用をもつことは納得です。古典の適応記載「血気痛」にも通じます。
新しい生薬とは? 『万病回春』を受容した江戸時代
唐突ですが、保険診療でも処方される二朮湯(にじゅつとう)をご存知でしょうか。五十肩など整形外科で処方される有名な薬です。同薬の原典は『万病回春』です。ほか同書から保険収載されたものは温清飲や啓脾湯、滋陰降火湯、滋陰至宝湯、潤腸湯、清上防風湯、清肺湯、疎経活血湯、通導散があります。
日本国が保険薬として認める漢方薬は、軟膏を除くと147種類です。その中で結構な分量が収載された『万病回春』は、いつ初めて発刊されたでしょうか? 答えは438年前の1588年です。
では元にもどって、海馬が古典に記載されたのはいつでしたか。そう。唐代8世紀前半で陳蔵器『本草拾遺』、現存する医書で確実なのは明代16世紀『本草綱目』でしたね。『万病回春』を江戸期に取り入れた日本は、ほぼ同時代の『本草綱目』に載る海馬を受容してもよかったはずです。
ところが日本の面白いところは必要なものだけ受け入れて、ほかは時代変化に応じて受容するか否かを再検討する点です。すべてを受容しない。なるべく古い、時代に淘汰されず宝石のように残った生薬、処方を大切にする。そんな日本の態度を松岡正剛さんは「編集国家」として捉えていました。然り。
もしかすると海馬は、人生40年が平均寿命だった江戸時代から、人生80年いや100年時代に突入した令和時代に必要な、古くて「新しい」生薬かもしれませんぜ。
【以上転載禁止】2026年8月1日
文責 みちとせクリニック
院長 堀田広満
