前回煎じ薬とエキス剤では、生薬から抽出される成分量にかなり差(煎じ薬 > エキス剤)があることを、甘草という生薬にスポットをあて説明しました。

今回は桂皮、シナモンです。そう。シナモンロール・アップルパイ。あの香りの生薬、桂皮です。厳密には異なりますが、京都名物、八ッ橋のニッキと同様の芳醇なかおりがあります。

今回は前回と同様、煎じ薬とエキス剤の違いの面から、桂皮をふくむ処方の桃核承気湯で考えてみます。構成生薬は桂皮のほか、桃仁(桃の種)、大黄、芒硝そして甘草(前回も出てきましたね)。

この図は筆者が、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)添付文書情報検索から、まとめたものです。現在、国内で流通する桃核承気湯の「医療用」漢方エキス剤と、同じく煎じ薬の一例(今回紹介する論文で用いられた分量)です。

エキス剤を比較すると、5つの生薬のうち芒硝以外は、煎じる前の分量が各メーカーとも同じです。唯一ことなるのが芒硝ですが、メーカー間で差があるのは、その排便作用の増減目的や、Mg(マグネシウム)など塩辛さ、飲みにくさを改善する目的かもしれません。

実際、筆者が1日服薬量のうち、抽出物がどれくらい含まれるか。つまり、デンプンなどの添加物でどれだけ薄めた味にされているか、パーセンテージで確認したところ、芒硝の多いメーカーほど、抽出物の割合が少ない(添加物が多い)傾向でした。

さて本日、紹介する論文は、鳥居塚和生ら「桃核承気湯エキス顆粒剤と煎剤との比較」 病院薬学 10巻1号29-34ページ(1984年) です。血液の固まりやすさ、凝固・線溶系の研究も論じられているのですが、シンプルにするためここでは割愛します。

本論文では、煎じ薬(煎薬)と各社エキス剤を用いて、桃核承気湯の抽出物にふくまれるグリチルチリン酸(以下、GA)、また桂皮酸および桂皮アルデヒドの定量をおこなっています。

材料は、煎じ薬(各生薬の量は先の図に述べた)および各社(A~F社)のエキス剤です。ちなみに煎じ液300mlから抽出物、4.8gが得られていますが、煎じ液を凍結乾燥後、メタノールなどの液体を通して抽出し、乾燥したエキスです。

鳥居塚ら(病院薬学 10: 29-34, 1984)のTable 1を日本語に筆者訳す

この表だけでは分かりずらいので、GA、桂皮酸、桂皮アルデヒドの順で棒グラフにしました。
まずはGA煎じ液の方が、エキス剤よりもグリチルリチン酸の量が多く、前回の結果と同様でした。

鳥居塚ら(病院薬学 10: 29-34, 1984)のTable 1より、グリチルチリン量を抽出し筆者作図

次に桂皮酸ですが、先ほどのグリチルリチン酸よりも、煎じ液 > エキス剤の傾向が強くなりました。

鳥居塚ら(病院薬学 10: 29-34, 1984)のTable 1より、桂皮酸の量を抽出し筆者作図

最後に桂皮アルデヒドですが、揮発性の性質が強い物質のためか、比べ物にならないくらい圧倒的に、煎じ薬には大量の桂皮アルデヒドが含まれる一方、エキス剤にはほぼ含まれないのが分かります。

鳥居塚ら(病院薬学 10: 29-34, 1984)のTable 1より、桂皮アルデヒド量を抽出し筆者作図

桂皮酸(Cinnamic acid)および桂皮アルデヒド(Cinnamic aldehyde)は桂皮由来の物質です。ちなみに桂皮アルデヒドは、桂皮、シナモンの香りの中核をになっています。煎じ中、また煎じた後の香りはエキス剤より圧倒的に強いのです。そして香り同様、次に示す薬効も強くなります

桂皮酸は老化防止などに関与する抗酸化作用もあり、化粧品にも使用されています。

桂皮アルデヒドの「アルデヒド」には、ピンッときた方もいるでしょう。ホルマリンの原型、ホルムアルデヒドと同様、アルデヒドをもつため高濃度だと鼻にツンッとくる香り。ホルマリンが手術で摘出した臓器を腐らないよう固定させる液体であるように、アルデヒドは度が過ぎると毒性をもちます。

しかし不思議なもので、桂皮アルデヒドはTRPチャンネルという痛覚、温度覚などと深い関連がある物質でもあります(桂皮アルデヒドは、慢性疼痛を誘発するTRPM8を阻害する。「鼻にツンッとくる香り」と書いたが、TRPチャンネルは痛覚と深い関係がある)。つまるところ、使用量を間違えなければ、毒ではなく薬になります。アルコールが水と油の仲立ちをするように、アルデヒドも水に溶けやすく、油の性質に近い有機溶媒にも溶ける性質があります。

つまり、ホルマリンやアルコールなどの有機溶媒に似た性質を持つ桂皮アルデヒドは、揮発しやすい、ガス化しやすい物質であり、煎じ液からエキス化したとたん、空気中に消えてしまいやすいことを意味します。

その代表例が最後に示した図。煎じ薬に保たれる桂皮アルデヒドは、エキス剤ではほぼ全滅に近くなる、ということです。あくまで、この論文上の話ですが。しかしながら追試験をしても、大差ない再現性のあるデータが出ると思います。もし、そうでないのならば、その再現性のある反証データを見たいものです。デカルトがそうであったように。

【以上、転載禁止】

みちとせクリニック院長

堀田広満

Q 「煎じ薬って、粉の漢方とどう違うの?」
A 「煎じ薬は生薬に水を加え、煎じた(煮出した)お薬です。煎じ薬と粉の漢方、いわゆるエキス剤と比較すると、かなり違いがあるので表で説明しますね」

ポイントをまとめます。

① 煎じ薬とエキス剤は、それぞれメリット・デメリットがある

② 煎じ薬の方がアロマ作用もふくめ、鮮度が高く治療効果が強い(仮に、煎じ薬をエアロプレスの精油豊かなコーヒーとすれば、エキス剤は乾燥の際にかなり香りが飛んだインスタントコーヒー、とも言える)

③ 煎じ薬の指標成分を100とすると、エキス剤は70、つまり煎じ薬の3割引きでも流通可能(上記②と関連、後述する「漢方エキス製剤の審査方針」(※))

④ 腸内細菌を改善する食物繊維の量が、煎じ薬には多く含まれる

⑤ 煎じ薬は専門性が高く、経験のとぼしい者が処方すると、効かないどころか副作用が強く出現する可能性が、エキス剤よりも増える。

→ ③・⑤と関連しますがたとえば、食物繊維を増やすべく砕いた薏苡仁(ハトムギ)などを大量に用いた場合、FODMAP食を避けるべき過敏性腸症候群(IBS:irritable bowel syndrome)の患者さんは腸内細菌が改善する前に、便通に苦しむかもしれません。一概にエキス剤が悪いとは言えません。とはいえ、保険診療のエキス剤は148種類のみで、圧倒的に煎じ薬の方が処方の幅が大きく、根治が難しい病、慢性疾患への選択肢が増えます。刻み生薬の煎じ薬(別名に湯液、煎液)を処方できる漢方専門医の出番です。

さて…ボリュームが多いのですが今回、比較表をつくりました。とくに食物繊維に関しては(2024年6月27日現在)検索する限り、煎じ薬とエキス剤を比較の俎上にのせたものが、他に無いようです。

(※)「漢方エキス製剤の審査方針」

エキス及び最終製品の1日量分中の指標成分について、規格及び試験方法について含量規格を設定し、別紙1(2)のイ(筆者注:標準湯剤(つまり煎じ液)における指標成分の下限値)の70%以上に設定することで差し支えないが、標準湯剤(筆者注:煎じ液)の指標成分の下限値以上とることが望ましい」と国が定めている(薬審二第120号通知、昭和60年5月31日)

以上です。後日、下記の全てではありませんが、項目毎に記事にしてみます。

〈コスト〉 煎じ薬よりも、保険診療のエキス剤の方が安いが今年、薬価改定でそのエキス剤も大幅に値上がりした。

〈携帯性・保管性・簡易性〉 保険診療のエキス剤が良い

〈アロマ・味覚作用〉 煎じ薬の方が強い

ところで芍薬甘草湯という服用して数分後には、こむら返りが嘘のように消失する漢方をご存知ですか? 本来、これは矛盾なんです。胃で消化されるまで数分どころか約4時間かかり、はたまた吸収の過程を経て、やっと有効成分が筋肉を弛緩させるのがスジです。芍薬甘草湯は甘草以外、芍薬しか含まないのですが、その芍薬にはモノテルペン配糖体という香り、芳香性の物質が含まれます。最近、そのアロマ成分、モノテルペン配糖体が芍薬には少なくとも11種類含まれていることが判明しました。そういうこと。嗅覚の嗅神経を介して、ダイレクトに中枢に作用しているのでしょう。ちなみに嗅神経は脳幹に達しない、動物的な神経。脳幹を経ない神経は他に視神経しかありません。発生学的には野生的な、極めて変わった神経です。

〈食物繊維〉 煎じ薬の方が多い

〈薬の効果〉 煎じ薬の方が高い

〈専門性・稀少性〉 煎じ薬の方が高い

〈処方の幅〉 煎じ薬の方が広い

【以上、転載禁止】

みちとせクリニック院長

堀田広満